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タイボランティアツアー 2002
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2002年7月8日〜23日(2週間)で、カナダ、アメリカ、オーストラリアなどのFTCメンバーとともに、タイの施設での研修とボランティア、リーダシップ・トレーニングをしてきました。
<報告:栗山 萌(当時高校2年)>
『すべての子ども達が夢を描ける世界に』、これは私が近い将来、必ず実現させるものとして常に心においているものです。
タイでは学校で教師をしたり、児童買春の実態を見るなど思うことの多いツアーでした。特に児童買春に対して重点を置いているので、タイで実際に買春の現場を見たり、日本人の男性がナイトマーケットで女性を選んだりしているのを見て、例えようのない怒りやショックに駆られました。 |
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その後、私達メンバーが滞在していたセンターを設立したアメリカの男性と話をしたのですが、その時になって初めて、私は子ども達
の様々な問題と教育とが密接に結びついている事に気が付きました。例えば、買春を している子ども達の大半は、家計を助けるためにバンコクなどの市外に働きに出ていますが、そのほとんどが初めの時点で仲介業者みたいなどと初めの仕事はレストランでの皿洗いなどを与えられると聞いて契約書にサインをします。しかし、実際はその契約書は全く別の物であったりと、その子どもだけでなくその親も教育を受けていないが為に字が読めずその子どもの人生を閉ざしてしまうことがある、という話などを聞きました。
そして、タイの孤児院印で出会った男の子の言葉は、今の私をつくり、一生忘れる事が出来ません。タイに滞在している間、毎日のように通っていた孤児院に6歳の男の子がいました。彼は初め、喋る事も笑う事もない子でした。まだ6歳だった彼に、何が起こってそこにいるのかは分かりませんでしたが、私はその大きな目をした彼の笑顔が見たくて毎日歌を歌ったり、追いかけまわして捕まえて
体中をくすぐったり、無理矢理笑わそうとして頑張っていました。そんなような事をしているうちにだんだん仲良くなって、毎日を過ごしていきました。
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私が日本に帰る前日、いつものように彼を膝に乗せて一緒にビデオを見ている時に、突然彼が私をドンと突き飛ばして、『萌、帰るんだね。』と言いました。周りを見てみると、すでに他のメンバーは帰り支度を始めていて、私はなんと答えたら言いか分からなくて、『もう会えないんだね。』という彼の言葉に、『そんな事ないよ、必ず戻ってくるから。』と言いました。すると彼は、『うそだ。みんなそういう風に言って絶対帰って来ないんだ。僕の事なんか、国に帰ったら絶対忘れてしまうんだ!』と泣き叫ぶように言いました。
思いもかけない言葉に、彼が今までどれだけ私達のように自分からボランティアにセンターに行ってその子達と遊んでという人達に傷つけられて来たのか。そして、自分がやっている事は本当に正しい事なのか、ただの自己満足にすぎないのかという事はその後はだいぶ悩みました。でも、その時の私には、必ずタイに戻ってくるからという約束しか出来ませんでした。
そして最後にこれまで会うたびに毎日毎日彼に聞いていても答えを教えてくれなかった、彼の夢というのをもう一度尋ねました。『あなたの夢は何?』すると彼は、『夢を描いても生きてはいけない。』と答えたのです。たったの6歳で、自分が6歳の頃は両親に甘えて兄弟友達と遊んで、夢もお花屋さんだとか、獣医さんだとかたくさんあました。わずか、6歳の子にそんな事を言わせる世界は変えなくちゃいけないし、変わらなくてはならないと思います。 |
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彼がいた孤児院で学校に通えている子どもは14歳の女の子ただ一人で、その子すらも14歳にして小学校に通っている状況でした。『僕は学校にも行けないし、ここを出なくてはいけない日が来て、ここを出たらどうやって生きていけばいいか分からないのに、夢なんか分からないよ。』彼は、あの小さな体の中に、私には想像もつかないほどの不安を抱えていました。彼は夢を描くことすら知りませんでした。夢を描く事すら知らないという根底には貧困などの他にも、教育を受けられていないと言う事があると思います。
『すべての子ども達が夢を描ける世界に』この言葉は、彼と私が出会った事で私の心の中に芽生え、今では決してゆるぎない物となっています。夢を
かなえる事とうのは、努力とか時には運によって左右される事だと思います。でも、夢を描く、思い描くと言う事は人間なら誰にでも平等に与えられた権利だと思います。
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フリー・ザ・チルドレン・ジャパン/
リーダーシップトレーニング事業
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